« 去り行くあなたへ送る言葉2010(2) | トップページ | 花粉症の人はそろそろ大変なのでしょうか? »

去り行くあなたへ送る言葉2010(3)

「トヨタプレミアカップ2010」のタイポートFC戦は、

タイポートFC 2-1 湘南

なぜか2010年の七夕ユニフォームで試合をし、毎年「驚異的な敗戦力」を誇るA-LINE記念ユニフォームの力で敗れました。観ていないですし、まあ敗戦については相手もプロですからもうしょうがないとはいえ、あまり補強していないセンターバック・セントラルMFの守備とかは大丈夫なのでしょうか?。昨日チームは帰国したそうです

旅行といえば、学生の頃クレジットカードには便利なゴールドカードとかプラチナカードなどがあって、でも審査を通らないと入会できないということを知り、きっと偉い人が持っているだろうなあと思っていたら、入社と同時に福利厚生扱いで私用ゴールドカードも会社から退職後も永久無料で発行され、それ以来ずっと、なんだかクレジットカードが金色なのが誰でもOKすぎてショボく感じております。自分の会社だけでなくいくつかの会社も同じようなことをしていることが確認しており、国家公務員にも発行されております

でもこのゴールドカードと、会社の健保旅行代理店(「航空券 or 新幹線代 + ホテル + レンタカー」パックが市価の半額近くになっている)を、オイラはかなり使い倒していて、これがなかったらほとんどの関東外ベルマーレ戦を観に行けてないですね。「会社、バンザ~イ」です。

なお徳島空港のラウンジは、徳島ヴォルティスから「エアポートラウンジ ヴォルティス」と名づけたそうです。スポーツチームの名称を使用しているラウンジは、野球も含めて日本ではここだけの事例です。徳島には徳島のJ2初年度ホーム開幕戦が湘南戦だったので行きましたが、ちょっと記憶にないです。

12日13日の続きで、退団選手へのコメントです。今年は結構人数が多くて3回に分かれました・・・。

中山元気(契約満了・不明)
コンサドーレ札幌から2010年に加入いたしました。186cmのFWですが、札幌ではあまりゴールを挙げておりません。札幌では走ることによる前線での守備などを担当しており、三浦俊也監督、高木琢也監督、FIFAワールドカップでのトルシエ監督や岡田監督など、極端に守備的なサッカーでは需要がある役割です。

反町監督も高い位置からのカウンターを狙ってくるのでどちらかといえば守備的ですが、センターFWに限ればそれほど守備的ではないので、中山元気選手については三浦俊也監督が来る前の「故障歴が多い、ポストプレーがうまくない、決定力のない選手」というイメージが強く、でも田原豊選手の控えという構想のようでしたので、「事前に結果がわかっていたヴァウド選手」ように見えて、この獲得は失敗するだろうなあと思っておりました

とりあえず田原選手が元気でしたので、「両サイドのFWに代えて、パワープレー担当」という起用で登場しました。ヘディングを期待しなければ阿部吉朗選手のプレースタイルあたりは札幌での役割に近いので、「おお、賢明な判断!」と思いました。

そして浦和戦でゴールを決めました。

しかしその後重傷を負ってしまい、ワールドカップ明け以降を棒に振ってしまいました。それなりに試合に出られそうでしたので、ここでの怪我は残念でした。この出場時間で査定はできないだろうなあと思いましたが、残念ながら1年で放出となりました。塚本選手を継続雇用できる大宮と中山選手が継続雇用できない湘南は、大企業と小企業の差をそのまま映し出したようで、残念でした。なんか申し訳ないです。

本当は前のほうで書けたのですが、JFA移籍リストに中国サッカーリーグのレノファ山口へ移籍と発表されたとたんに消去されたので、遅れました。もし出身地の山口県でのプレーが出来るのであれば、それは喜ばしいことです。春先はプレーできない可能性もありますが、2年分の働きが山口で出来ればと思います。がんばってください。

阿部吉朗(ヴァンフォーレ甲府へ期限付き移籍)
とにかく運動量が多い選手で、「サイドバックの後ろでボールを奪って、ペナルティエリアまで自分でボールを運び、シュートまでする」という選手でした。初年度の菅野監督時代は4-4-2システムだったこともあり、他にサイドバックをフォローする選手もいたので、「FW 兼 サイドMFの準レギュラー」という感じでしたが、反町監督時代は4-3-3でサイドが手薄になり、加えて左サイドバックの選手全員に難があったので、外せない選手になりました。J1昇格を決めるゴールも挙げました

2010年になるとJ1経験者として重用されるようになり、ますます重要な選手になりました。他の選手の実力不足や故障離脱もあって、攻撃パターンが「阿部・エメルソン選手がサイドバックの後ろでボールを奪って、ひとりでドリブルで持ち込み、シュートも撃つ」だけになってしまいました。その状況下で9得点を挙げました。

30歳だけどこの実績でしたら、注目しないクラブはないだろうなあと思いましたら、甲府がオファーを出しました。甲府は模倣者も多い特徴的なゾーンディフェンスをする三浦俊也監督が指揮を執っております。おそらくサイドMF起用になると思われますが、中山元気選手のところでも書きましたが、非常に阿部吉朗選手向きの監督だと思います。本人も30歳ということを考えれば、これは当然受けるオファーだと思います。期限付き移籍ですが、もし1年で帰ってきたときの年齢を考えると、あまり現実的でないような気がします。形式だけの期限付き移籍でしょうね。違約金相当のレンタル料は出るのでしょうか?。

2009年途中くらいまで微妙な働きだったので、その当時は良いことが書けませんでしたが、札幌戦でシュートを外して坊主頭になった後からものすごい活躍でした。おみそれいたしました。ありがとうございました。

村松大輔(清水エスパルスへ完全移籍)
斉藤俊秀選手が退団することになった後、同じセンターバックの選手として2009年に獲得されました。JFLのHONDA FCながらU-19日本代表に選ばれていたということで、それなりに期待はされましたが、身長とJFLでの試合数が気になって、前任者と比べれば信用はありませんでした。

しかしいざシーズンが開幕すると、センターバックの主力として試合に出続けました。脚の速さと身体の入れ方で勝負をするタイプで、体格のいいジャーン選手の助けもあって、J2を代表するDFとなり、A代表の合宿にも呼ばれました

2010年にJ1の試合に出るようになりましたが、前の田村雄三選手、横のジャーン選手がいないことが多く、そこをレベルの高いJ1のFWに攻められて右往左往してしまっておりました。痛々しかったです。

でも清水からオファーがありました。村松選手は生え抜きのようですがHONDA FCに所属歴があり、しかも静岡県出身で、J1で、県内で一番資金力があるクラブですから、このオファーを受けるのは仕方がないことだと思います。でも大変残念です。清水は今年はものすごくコーチや選手の入れ替わりがあり、チャンスなのかピンチなのかわかりませんが、ジャーン選手級の選手がいなくても守れるようにしてレギュラーを目指していただきたいと思います。そこをクリアすればロンドンオリンピックも視野に入るでしょう。移籍したからにはロンドンオリンピックがノルマだと思います。がんばってください。

小林竜樹(契約満了・不明)
2010年度の最後は、オイラもちょっと住んだことがある栃木県佐野市出身ということで、小林竜樹選手にしました。

このブログと同期となる2008年にベルマーレに入団をしました。数回ベンチ入りをしましたが、試合出場はかなわず、2009年途中で、出身高校のある群馬県のザスパ草津に期限付き移籍をいたしました。ここでは主力選手として試合出場を果たします。特筆すべきは草津の選手として甲府戦に出場し、決勝ゴールを挙げました。その後の昇格争いを考えると、甲府がここで勝ち点を奪えなかったことで湘南がJ1昇格を果たしており、この期限付き移籍のおかげで湘南が昇格できたとも言えます

2010年は湘南に戻ってきましたが、やはり出場機会に恵まれず、シーズン終了後に契約満了ということになりました。この年齢で出場機会がないのであれば、契約満了もいたしかたありません。

プレースタイルとしては脚の速さを生かした突破で、カウンターサッカーに有効でした。背が低かったのが欠点でしょうか。

永田亮太選手ほどの評価ではなくても、草津での実績的にもJ2以下のクラブからオファーがあってもいいかなあと思うのですが、なぜか現時点で去就不明です。プロとアマでは評価ポイントが違うのでしょうか?。この点が個人的に非常に残念です。

最初に草津に入団をしていたらまた違ったサッカー選手人生があったのかもしれません。もったいないのでどこかオファーを出してくれないものかなあと思います。

|

« 去り行くあなたへ送る言葉2010(2) | トップページ | 花粉症の人はそろそろ大変なのでしょうか? »

湘南ベルマーレ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/516410/38848341

この記事へのトラックバック一覧です: 去り行くあなたへ送る言葉2010(3) :

« 去り行くあなたへ送る言葉2010(2) | トップページ | 花粉症の人はそろそろ大変なのでしょうか? »