« J1 2010 第11節 鹿島vs湘南 戦 + 7月18日(日)はアウェイ京都戦です | トップページ | 10→38 »

カシマスタジアムに行く前

7月14日は鹿島戦でしたが、せっかくひとりで1日休みなので、朝から観光をしておりました。

成田山新勝寺
成田空港への移動はオイラは高速バス派なのですが、京成線に乗りたかったため、日暮里から京成で成田へ行きました。実際切符代を考慮しないのであればJRで移動するよりは京成のほうがいいと思います。明日17日から北総線経由で速くなるそうです。

歴史のありそうな建物のお店が多い参道を歩いて、10分で総門へ到着。成田山というだけあってゆるい小山になっております。かなり大きなお寺です。不動明王は必勝祈願のためにもお参りしますので鹿島戦前の訪問にあっていると思いました(負けましたが・・・)。平成生まれNPB初勝利投手である千葉ロッテマリーンズの唐川侑己投手のお父様がここに勤務されているようですが、面識がないのでわかりません。

来て驚いたことは、東南アジアからの100名くらいの団体ツアー客(礼の仕方があちらの仏教風だったり・・・)を筆頭に、欧米・アジアからの観光客が非常に多かったことです。確かに成田空港に近いので、外人さんにとっては到着・出発日の時間調整にはもってこいの施設だと思います。水曜日の朝からお寺に来ているオイラのような日本人もどうかと思いますよね。

本尊のある大本堂は鉄筋コンクリート製で御護摩はマイクを使って運営されておりました。ちょうどここに来たとき始まるところで、ついでに参加することができました。

ここには先日結婚奉告参詣をした市川海老蔵丈と小林麻央さんのサインが巨大な絵馬のボードで飾られておりました(たぶん麻央さんのほうはうまく書けなかったのでは?という字でした)。ここは江戸時代から代々の成田屋市川團十郎丈が帰依していることで有名になったところがあるお寺ですので、今月末の市川海老蔵丈の仏前結婚式は、このお寺にとってビッグイベントでしょう。日本の芸能界における天皇家のような格式の家なのでプレッシャーは大変だとは思いますけど・・・。

隣の釈迦堂(重要文化財)の彫刻がすごかったですね(鳥につつかれないよう網がかかっておりましたが・・・)。昔のほうが何をするにもコストがかかるので、江戸時代以前といえば帰依している宗教など限られた分野にしか手間暇をかけることができなかったと思われます。その時代の一流の人が作成したのでしょう。

光明堂のあたりに寄進した方の看板があるのですが、青木功・宝田明・倉木麻衣といった名前がありました。これはあの有名人の方でしょうか?。よくわかりません。

約1時間でひととおりまわりました。参道のお店ではうなぎのキャンペーン(鰻屋自体たくさんある)をやっていたので、駿河屋という鰻屋でうな重並をいただきました。注文してからさばくので30分かかります。あっさりめでしたがおいしかったです。

伊能忠敬記念館旧宅
JR成田駅に移動してここからはJRの単線で移動します。朝を除くと成田線(香取・銚子方面)と鹿島線(香取・鹿島神宮方面)がそれぞれ3時間に2本程度運行されております。来た列車は成田線でしたが、これは当初の予定通り。この列車で佐原(さわら)まで移動します。

佐原は伊能忠敬の出身地で、記念館と旧宅があります。佐原駅から歩いて10分くらいのところが倉敷の美観地区を半分くらい切り取ったような街並みになっており、ここが江戸時代のメインストリートだったようです。佐原は江戸時代は利根川の運河による物流の拠点だったそうで、建物で当時はかなり反映していたことがわかります。しかし明治時代に鉄道にとって代わられて以降は没落の一方のようですが・・・。

この街の名士であった、「大日本沿海輿地全図」の伊能忠敬の記念館と旧宅を見に行きました。当時の50歳は今の70歳くらいの感覚だと思いますので、この年齢からプロジェクトを実行する行動力はすごいなあと思います。

現在幕末編16巻まで読んだ「風雲児たち」に伊能忠敬も登場する(ワイド版に登場)のですが、作者のみなもと太郎さんもここを元ネタにしていることがわかる展示内容でした。記念館には測量の機器や「大日本沿海輿地全図」のコピー、伊能家についての説明などが展示されておりました。当たり前ですが「大日本沿海輿地全図」に「馬入」とか「平塚」とかもしっかり記載があるのですね。当時の平塚は宿場町として反映していたそうですが、当時格下だった茅ヶ崎・厚木・大和などに地価で追い抜かれて久しいので、盛り上げていただきたいものです。

佐原もアジアから来た観光客がいて、オイラも何組かカメラのシャッターを押してあげました。日本人のお年寄りの団体もいたのは伊能忠敬の業績からでしょうね。

鹿島神宮
1時間かけて佐原をまわるとちょうど鹿島線が出発する時間でした。これに乗って鹿島神宮駅まで移動し、ここから10分ほど歩いて鹿島神宮に行きました。

鹿島アントラーズの名前の由来になった神社(大型絵馬に選手の寄せ書きがある)で、檻の中ですが鹿もたくさん飼っております。

大きな神社ではあるのですが、まあこれくらいなら各県にひとつ以上はあるかなあという神社でした。同じ日に成田山にも行ってしまったからそう感じたのかもしれません。国宝もある宝物館は開いておりませんでしたし・・・。神社自体より奧宮や要石への森の雰囲気がよかったです。長い間伸ばしているからか森の木が高く、とても涼しかったです。

こちらの神社出身の塚原卜伝(「とでん」ではありません「ぼくでん」です)を、この地域にてNHK大河ドラマ誘致活動をしているそうですが、この時代の有名人である織田信長・武田信玄・上杉謙信・毛利元就とは接点がないですし、剣豪はちょっと難しいのではないかと思われます・・・。

鹿島から東京駅までは高速バスで1時間半(渋滞なしの場合)と、距離のわりには速いのと、住友金属用なのか本数がすごい多いのには驚きました。

|

« J1 2010 第11節 鹿島vs湘南 戦 + 7月18日(日)はアウェイ京都戦です | トップページ | 10→38 »

その他」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: カシマスタジアムに行く前:

« J1 2010 第11節 鹿島vs湘南 戦 + 7月18日(日)はアウェイ京都戦です | トップページ | 10→38 »